軍艦島が夢の国だったのはわずか50年前の事。時代は一瞬で変わる!

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気づけば久しぶりのブログ、しかもリハビリがてらの日記ブログですがお読みいただければ嬉しいです。

さて、先週の定休日プラス1日で商店街の名前だけ青年部(平均年齢50代?)の研修旅行で長崎へ行ってきました。

今の時代に商店街メンバーで旅行なんてなかなか昭和感ハンパないですね!(笑)人間関係がどんどんドライになりつつある現代ですが、いまだにこうして商店街という特殊なコミュニティーのメンバーで続けられてる事に感謝しかありません。

世界文化遺産・軍艦島に行ってきました

メインの行き先は見たかった世界文化遺産の軍艦島。

ツアーでしか上陸が許されないということで、現地のツアー会社さんに申し込みました。

終日の雨が、上陸する時に奇跡的に小降りになったのは日頃の行いの結果という事にしておきます!(笑)

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一番「軍艦」に見える角度から端島を望む!

世界文化遺産になったことはニュースで聞いて知った程度、そもそも軍艦島の事はあまり知らなかったのが本当のところですが、そんなボクみたいな人のために軍艦島(正式名、端島)というのはこんな所です。

端島(はしま)は、長崎県長崎市(旧西彼杵郡高島町)にある島である。明治時代から昭和時代にかけて海底炭鉱によって栄え、東京以上の人口密度を有していた。しかし、1974年(昭和49年)の閉山にともなって島民が島を離れてからは、無人島である。軍艦島(ぐんかんじま)の通称で知られている。2015年、国際記念物遺跡会議(イコモス)により、軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録された。

(Wikipediaより抜粋)

昭和初期に島内全世帯にテレビが普及してたり、映画館では県内一番にロードショーしたりとトレンドの先端の生活ができ、周囲わずか1,200mの島に最盛期で5,300人の人口が住み、当時の東京の約9倍の世界一の人口密度だったそうです。

島には映画館の他にも、パチンコ屋、劇場、スナック、神社、日本初と言われる屋上緑地のある鉄筋コンクリート造りの高層アパート、そして昭和30年ごろまでは遊郭までもあったそうです。つまり一つの小さな近代都市みたいなもの。

海底炭鉱というエネルギー資源のおかげで繁栄した文字通り日本の未来の夢の島だったのがほんの5、60年前。今で言うと、シェールガスやメタンハイドレートが目の前で採取されている島というイメージでしょうか?街の様子を聞くだけでその繁栄ぶりが頭に浮かびます。

そして昭和49年に三菱が炭鉱を閉山すると同時に街が息絶えます。

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高層アパート、学校、病院、神社・・・閉山以降は朽ちていくのみ

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ガイドさんの話では、この姿さえ日々朽ちていき今後維持保存するのは困難らしいです。

頭に浮かぶ言葉は諸行無常、盛者必衰。繁栄してるいい時代はその瞬間には気づかないものです。まだまだ同じ事が続くんだと思ってしまう。

例えば今の自分達の置かれてるアパレル業界も同じ事!黙っててもモノが売れてたいい時代ははるか昔。一刻も早くその考え方から抜け出さないと廃墟になってしまう。

ひとつの時代が変わるのに今だったら10年もあれば十分かもしれないなー、とそんな事を思いました。

実際に現場で自分の眼でないと感じれない事があります。機会があればぜひご覧になる事をお勧めします。

 

 

クレアトール オキ

559-0017
大阪市住之江区中加賀屋2-5-15

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沖 啓太郎

1966年大阪市生まれ。 大阪市住之江区の加賀屋商店街にあるクレアトールオキの三代目。 アパレルメーカーと小売業と商店街の経験と情報を駆使しながらファッションを通じて心豊かなライフスタイルを提案できる店づくり心がけています。